化学シフトは、信号抑制法のように有効に使用できる場合がある一方で、アーチファクトの原因となるため、重要な要素です。
なぜ起こり、画像にどのような影響を与えているのかなど簡単にまとめてみたいと思います。
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バンド幅・・・
については、以前にもまとめたのでそちらも参照いただければ幸いです。
MRI画像のスライス位置の選択に使用されるのがバンド幅です。
MRでスライス選択する際に送信されるRFパルスとは、単一周波数ではなく、周波数スペクトルです。つまり、特定の周波数だけが送信されて極薄のスライス画像が作られているのではなく、ある幅を持った周波数が送信されており、その周波数幅に応じた厚みを持ったスライス画像が作られていることになります。
この大きさに幅を持った周波数スペクトルがバンド幅となります。
しかし、このようなスライス選択傾斜磁場に対応するバンド幅に加えて、受信側にもより複雑なバンド幅が存在します。
MR信号は、磁石によって作られる静磁場と周波数エンコーディング傾斜磁場、位相エンコーディング傾斜磁場の重ね合わせによって記号化され割り振られたもので作られています。(ただ、ここでは一度、位相エンコーディング傾斜磁場については横に置いておきます。)
傾斜磁場によって、周波数方向の一方では磁場を減らし、他の方向では磁場を増加します。周波数エンコーディングによって、撮像範囲にある傾斜磁場内のプロトンは、異なる周波数で歳差運動を行っているのです。
そうやって、エンコードされたMR信号を受け取り、画像化していくわけですが、受診バンド幅とは、この周波数エンコーディング傾斜磁場によって得られるMR信号の受け取り方を決めるものであり、その幅を広くも狭くもできます。
といっても、幅が広い時と狭い時ではどのような違いがあるのかわかりにくいので、具体的な例を入れて説明することにしましょう。
好きなアーティスのライブやコンサートに行くことを想像してみましょう。
大抵の、ライブやコンサートのでは多くの人が訪れるためその時々で話声やくしゃみや拍手など、演奏者だけの音が聞こえてくる機会とはわずかです。それが楽しいのだと言う方もいるかもしれませんが、純粋な生の音や歌が聞きたい方にとってみれば、それは雑音といえます。
一方、コンサートが自分だけのために専用に行われた時を考えてみましょう。自分のために他の雑音に悩まされることなく、純粋に生の音、歌を楽しめることができます。
受信バンド幅が広い状況とは、コンサートに大勢入っている状態のようなものです。好きな音楽を純粋に楽しみたいのに、他の雑音によって邪魔が入りやすい状況といえます。逆に、バンド幅が狭い時とは、より自分専用に近い状態です。自分のためだけに演奏される音楽であるため、他の雑音が減って、純粋に音楽を楽しみやすい環境です。
これを画像に置き換えて考えてみると、受信バンド幅が広い画像はノイズが多い画像、バンド幅が狭い画像はノイズの少ない画像と表現することができます。
広いバンド幅は、ノイズを拾いやすいため画像に悪影響しか与えないと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。
それどころか、逆にMRアーチファクトを減らすことができるという面を持っています。
どのようなアーチファクトを軽減するのか。
それが、化学シフトによるアーチファクトです。
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化学シフトとは?
化学シフトとは、物質によって異なる、歳差運動周波数の差が原因で起こる信号の誤配置のことです。
水や脂肪など異なる組織間では同一の静磁場環境下であっても、異なる周波数で歳差運動しています。
水分子中のプロトンのように他の原資と結合していなければ、プロトンはラーモア周波数と呼ばれる一定の周波数で歳差運動を行っています。
ラーモア周波数の式は
ω=γB₀
γ:磁気回転比 B₀:静磁場強度
なので、水のラーモア周波数は1.5T磁場の場合、
約63.68MHz(ω=42.6×1.5)となります。
この値は静磁場強度に依存しているため、静磁場が大きくほるほど、プロトンの歳差運動はより速くなることになります。
ただ、脂肪分子中に化学結合されているプロトンは少し異なります。
静磁場強度に依存しているという点は水に含まれるプロトンと何ら変わりはないのですが、脂肪中では、プロトンは脂肪分子によって包み込まれているため、外部磁場による影響をある程度遮蔽してしまっているのです。
脂肪中のプロトンは本来の外部の静磁場よりも弱い磁場を感じることになります。結果、B₀に相当する値が小さくなり、同じ静磁場環境下であっても脂肪中のプロトンは水分子中のプロトンよりも遅い歳差運動を行うことになってしまうのです。
歳差運動周波数の違いは画像にも影響を与えます。
具体的な例を用いて説明していきましょう。ラーモア方程式から、1Tは約42MHzの歳差運動周波数に対応しています。そのため、1mTの変化は、歳差運動周波数42MHzの1000分の1ずつの変化を表すことになります。
ミリテスラ単位の変化をもたらすのは、傾斜磁場
静磁場下での歳差運動周波数はMHzですが、傾斜磁場によって起こる周波数の増加もしくは減少は、kHz程度の変化量です。
1Tの静磁場を2mTの強さの傾斜磁場を変化させると、磁場は1T引く1mTから1T足す1mTの間で変化することになります。42,000,000Hzを中心に41,958,000Hzから42,042,000Hzの間で変化するということです。
MR画像は傾斜磁場で起こるこの微妙な周波数の変化によって位置情報を得ているのです。
位置情報とは、地図でいう住所のようなものです。住所とは、どこの何番地といったことがわかれば、場所を特定することが可能です。
10本の街路があるなら、10kHzのバンド幅があり、それぞれの街路に1kHz周波数を割り当てることになります。これは、1つの街路にある一定幅の周波数が割り当ててあることで、1つ目の街路には、1kHz以上2kHz未満まで、次の街路には、2kHz以上3kHzまどといったように、1つの街路にある一定の幅の周波数が割り当ててあということです。単純に表すと、1kHz/街路ということになります。
これを踏まえ、少し具体例をあげてみることにしましょう。
上の例では2×42kHz=84kHzのバンド幅でした。次に周波数エンコーディング方向は256画素のマトリックスであると仮定しましょう。84kHzのバンド幅を画素数で割ると、どのくらいの周波数が1画素あたりに割り振られるのか、または占められるのかがわかります。
なので、
84,000Hz/256画素=328Hz/画素
となります。
次に違うバンド幅を計算します。臨床では、よく32kHzを使用しているので、これで計算してみると・・・
32,000/256画素=125Hz/画素
となります。
バンド幅を減らせば画素当たりのHz数が小さくなっているのがわかると思います。
このことが画像にどのような影響を与えるのでしょうか。
脂肪内のプロトンは水のプロトンと同じ速さで歳差運動をしません。その歳差運動周波数のずれは1.5Tで222Hzほどです。そのため、もし水と脂肪からの信号の周波数差が328Hz以下である場合、信号は同じ街路(同じ画素)内に割り当てられることになり、脂肪と水はどちらも同じ画素に含まれ、位置ずれは起こっていません。
しかし、画素当たりに割り当てられた周波数が125Hzではそうはいきません。
脂肪と水の周波数の差が222Hzなので、画素に割り当てられた周波数に比べ差が大きすぎて、ひとつの画素でこの周波数差を表現することが出来ないのです。そのため、たとえ実際には同じ場所から信号を得ていたとしても、脂肪信号の位置は違う画素に移動させられてしまうことになってしまうのです。
この信号の移動、シフト現象が化学シフトとなります。
以上のように、広い周波数のバンド幅を用いると、画素当たりの割り当てられた周波数の幅は大きくなります。このことにより、脂肪と水のプロトンの信号が正しい位置(画素)に表現されることになります。
逆に、狭いバンド幅の場合では、一つの画素内で表現できる周波数幅が狭いために、周波数差が大きい、脂肪と水を同じ画素内で表現することが出来ず、結果として、脂肪の信号だけが位置ずれをおこすことになります。
狭いバンド幅はノイズを減らすという利点の一方で、アーチファクトによる影響を避けにくいという側面をもつということです。
バンド幅による他の影響とは?
ついでなので、バンド幅による他の影響もまとめたいと思います。
MR信号を得るときというのは、イントロから音楽の曲名を判断するときのように、必ず一定の時間を必要とします。
イントロやAメロ、Bメロを聞いても分からない曲でも、曲のサビを聞くと「あーあの曲か!?」なんてことのように、精度よく、十分な信号を得るためにはある程度時間が必要となるのです。
この必要な時間とは、バンド幅の広さによってことなります。
広いハンド幅とは、一度に多くの情報を得られる状態です。なので、信号を得るための時間は短時間で済みます。
一方で、狭いバンド幅とは、一度に得られる信号が少ないために時間が長くなる傾向にあります。
このことは、水を注ぎ移すときを想像してみると、いいかもしれません。ペットボトルのように入り口が小さなものに注ぐ場合には、時間がかかりますが、そこに漏斗のような入り口を大きくする道具を付ければ、一度に注げる量は増え、より短時間で水を移し替えることが可能となります。
よって、バンド幅は信号収集時間に影響するため、結果として撮影時間にも影響することになります。
狭いバンド幅の場合、信号を収集するのに長い時間がかかるため、撮像シーケンスに短いTEを用いることができません。信号を収集する入り口が狭いために、短いTE内にすべての信号を得ることが出来ないのです。
逆に、広いバンド幅の場合、入り口が広いため短いTEであっても十分な信号を得ることが可能です。エコー間隔を短くすることにより、遅いエコーからの信号は、広いエコー間隔で行う場合に比べ強い信号となるため、画像のボケが少なるという利点を産むことになるのです。