中性子線は光子(X線やγ線)同様、電荷のない(電気を帯びていない)粒子線ですが、物質との相互作用は光子とは少し異なりますし、鉛で防護できないなどの特性をもっています。
つまり、単に非荷電粒子線の1つとして光子と同様な考えてはダメということです。
そこで今回は、中性子線と物質が起こす相互作用から防護方法についてまとめてみたいと思います。
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中性子の相互作用とは?
中性子線の相互作用は大きく以下の2つに分けられます。
➀吸収
➁散乱
です。
ここで光子と物質の相互作用について勉強が済んでいる方は思うのではないでしょか。
「光子の相互作用と同じではないか?!」と。
確かにここまでは、同じなので言い訳しようがありません。
ただ、実際に起こす相互作用の内容を1つ1つ見ていくと、やはり異なるものとして考えるのが自然のように感じます。
それを理解しやすくするためにも、まずは、中性子線が物質中に照射されるとどういったことになるのかについて説明したいと思います。
中性子線は電荷をもたないため、物質中を通過するとき原子核や軌道電子のクーロン力の影響を受けることはありません。
これは、プラスチックなど磁化しない物質を磁石に近づけても何も起こらないように、電荷をもたない中性子は、プラスの電荷をもった原子核やマイナスの電荷を帯びた軌道電子に近づいても引き寄せられることも反発もすることがないためです。
また、中性子線(1.675×10⁻²⁴)の粒子は陽子(1.673×10⁻²⁴)とほぼ同じであるため、その相互作用は原子核との間で起こります。
これは、中性子線は電荷をもたないため、クーロン力によって相互作用が起こることはないため、中性子線が相互作用を起こすためには、直接、原子核や軌道電子に衝突した場合しかなくなるということになります。
ただ、電子と陽子の質量差は1840倍あり、電子と中性子もほぼ同様です。
ここで、少しだけイメージしてみてください。自分の1840倍の質量を持つ何かとぶつかった場合、自分はどうなるでしょうか。
おそらく、そのぶつかった何かは何一つ傷をおうことなく、それどころか自分がいたことにすら気づかれなかったということになると思われます。
逆に、私たち人間が自分の1/1840もの何か踏んだりしても何も気づくことないはずです。
相互作用は、衝突した相手同士が作用しあうことで起こる現象です。
一方的な作用だけでは起こることないため、中性子は軌道電子と衝突することになってもその質量差から、相互に作用されるということは起こりにくいのです。
結果、中性子の相互作用の主な相手は原子核ということになります。
ちなみ、これで納得いただければいいのですが、質量差だけを言えば、原子核は陽子と中性子の集合体です。それに比べ中性子線は中性子でしかありません。
その質量差はどうなのか?という考えをもつかもしれないので、さらに、補足を付け足していきたいと思います。
ただ、この答えは簡単です。
中性子線は速度をもって原子核と衝突しているからです。
運動エネルギーとは速度と質量を乗じて得ることができるエネルギーですが、中性子の質量は変化することはありません。ですが、中性子線の速度が速くなるほど、高エネルギーの中性子線となるのです。
小さな虫であっても物凄い速さで衝突されれば、少しくらいの痛みを感じる方もいるのではないでしょうか。
同様に、中性子線はその速度をもって放射線なり得るほどのエネルギーを有し、原子核との相互作用を起こることが可能となるのです。
では、中性子線は原子核とどういった相互作用を起こすのかという最初のギモンについてまとめたいと思います。
もう一度言いますが、中性子線と原子核との相互作用は、「吸収」と「散乱」です。
もっと具体的にいうと、中性子線の吸収現象には「中性子捕獲」と「核変換」があり、散乱現象には「弾性散乱」と「非弾性散乱」があります。
ただし、原子に対する原子核の大きさが数万分の1程度であることから、これらの相互作用が起こる確率は低く、(小さな的に小さなボールを当てるようなものであるため)、物質中では中性子線は相互作用を起こすよりも透過する確率がずっと高いのです。
これが、中性子線の透過力が非常に高いといわれるゆえんです。
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中性子線のエネルギーと呼び名の関係とは?
中性子線が原子核と相互作用を起こす際に、重要となるのが中性子線の速度です。
速度が遅ければエネルギーが低く、速いほどエネルギーが高い中性子線であることを示し、エネルギーによって相互作用を起こす確率(断面積)も変化します。
そのためか理由はわかりませんが、中性子線は、その運動エネルギーによって呼び名が変わる特徴をもつ放射線なのです。
先に進む前に簡単に紹介しておきたいと思います。
中性子線は、速度によって「低速」、「中速」、「高速」の3つ領域によって分類されており、以下の図のようになります。
中性子線の吸収が起こす相互作用
では、中性子線の吸収では何が起こるのかまとめていきたいと思います。
中性子線が相互作用を起こす相手は、原子核です。
つまり、中性子線が吸収されるということは、原子核に中性子が取り込まれるということになります。
別の言い方をすれば、原子核に含まれる中性子が1つ多くなってしまい、質量数も「1」だけ大きくなります。(この状態を複合核という)
本来、(放射性同位元素ではない)物質を構成する原子核は安定した状態です。
安定した状態とは、陽子、中性子、軌道電子のそれぞれの数がその原子にとってもっとも安定した個数で構築された状態を指すことになります。
では、中性子線が原子核に吸収され複合核となった状態は安定した状態と言えるのでしょうか。
これは、言えません。
その原子にとって最適な個数を1個でオーバーした状態とは安定しているとは言えず、安定した状態から不安定な励起状態と言われる状態になります。
この励起状態は、人でいうストレスを溜めた状態のようなもので、すぐさまストレスを発散し元に戻ろうと行動を起こすことになります。
この時に起こすのが、中性子線の吸収の相互作用である中性子捕獲や核変換であり、γ線や荷電粒子を放出することになります。
では、中性子捕獲や核変換とは具体的にどういったものなのでしょうか。
➀中性子捕獲
中性子捕獲とは、中性子による複合核がγ線を放出して基底状態に戻る現象のことです。
この時放出されるγ線は「捕獲γ線」と呼ばれています。
中性子捕獲は「低速」から「中速」と比較的低いエネルギーの中性子線ほど起こりやすいのが特徴です。
さらに、熱中性子と人体が起こす主な相互作用としても知られています。
人体には多くの水素原子が含まれており(MRIではこの水素原子を利用して画像している)、中性子線と水素原子が相互作用を起こし中性子線が吸収されると、励起状態の重水素(質量数が2の水素)ができます。
その後、重水素は励起状態から基底状態に戻ろうと、中性子線を吸収することで得た余分なエネルギーを放出しようとします。
この時に放出されるのが捕獲γ線です。
γ線を放出することで重水素であることは変わりませんが(質量数が2のまま)、γ線というエネルギーを消費することで、質量数2の水素が基底状態とできあがることになるのです。
この相互作用を図で表すと下のようになります。
ここで、覚えておきたい内容は、中性子捕獲では、核種の種類が変化することがないということです。
中性子捕獲では、原子核に中性子が吸収され、基底状態に比べて高いエネルギー状態になったものをγ線として消費することになります。
つまり、中性子捕獲が起こると質量するは変化するが(+1される)原子番号(陽子の数)が変化することはないので、核種まで変化するということは起こらないことになります。
中性子捕獲の反応式まで覚えたほうがわかりやすいかもしれませんので、下に示すことします。
¹H(n,γ)²H
この反応式は、元々の水素(¹H)に中性子(n)が反応し、その際にγ線が放出され、最終的に重水素(²H)が出来たという意味を表しています。
➁核変換
中性子捕獲は低エネルギーの中性子線で起こる吸収現象でしたが、核変換は高速中性子線と呼ばれる、高エネルギーの中性子線によって起こる相互作用です。
では、どういった相互作用かというと、
核変換とは、中性子線が吸収されることでできる複合核が荷電粒子を放出して別の核種に変化する現象です。
荷電粒子が放出され、かつ別の核種に変化するのが特徴なので、放出される荷電粒子の種類は、α粒子(ヘリウムの原子核)、陽子、重陽子、三重陽子など元々の原子核から原子番号に値する陽子の数に変化起こることになります。
ただし、ホウ素(B)のように原子核の軽いものでは、低速中性子線でも核変換が起こる場合があるので注意が必要です。
中性子線の散乱が起こす相互作用
では、次に散乱についてまとめたいと思います。
中性子線の散乱は主に2つに分けることができます。
分ける基準となるのは、散乱が起こる前後で運動エネルギー保存の法則が成立するかどうかです。(散乱前後でエネルギーの合計が変化するかによって分けられる。)
そして、
➀成立する➡弾性散乱
➁成立しない➡非弾性散乱
となります。
では、それぞれ具体的にまとめたいと思います。
ここからは中性子線の遮蔽に関わる話になります。
➀弾性散乱(低速~中速中性子線)
弾性散乱は、散乱前後で中性子線の運動エネルギーが保存される場合です。
ただし、原子核の重さによって状況が変化することになります。
どういうことか。
実は、中性子線が弾性散乱を起こす場合、その運動エネルギーを原子核に移行することになります。
このエネルギーの移行する割合は原子核が軽いほど大きく、重いほど小さくなるのです。
中性子線は、軽い原子核ほどエネルギーを押し付けやすいのです。
このため、中性子とほぼ同じ質量の水素原子核(陽子)との弾性散乱では、中性子線のより多くの運動エネルギーが水素原子核に移りやすくなるのです。
そして、全ての運動エネルギーを水素に移した場合は、中性子線は停止することになります。
この性質は、中性子線から防護する言う場合にとても重要です。
なぜなら、原子核が重い鉛などは中性子線からエネルギーを奪いにくいので、中性子線を止めることができません。
逆に、水素のように軽い原子核ほど中性子線からエネルギーを奪いやすく、その場で止めやすい(透過させにくい)ことになります。
つまり、中性子線からの防護を考える場合には水素を多く含んだ物質を用いる必要があることになるのです。
また、弾性散乱によって運動エネルギーを得た原子核は「反跳核」と呼ばれますが、新たな電離や励起を起こすことがあるため注意が必要です。
反跳核は、荷電粒子線と同様の反応を起こします。反跳核は中性子線から得たエネルギーを使い物質内を移動し、物質中に含まれる電子など相互作用を起こすのです。結果、更なる電離・励起を引き起こし連鎖的に人体にも大きな影響を与えることがあります。
②非弾性散乱(高速中性子線のエネルギー)
非弾性散乱は、中性子線がもつ運動エネルギーの一部を原子核に与えることで起こる現象です。
中性子線からのエネルギーを得た原子核は中性子捕獲の時と同様に励起状態となり、γ線を放出することで安定な基底状態に戻ります。
ただ、中性子捕獲と違う点は、原子核と相互作用を起こした中性子線は吸収され原子核の一部になるのではなく、エネルギーだけを与え、自身はその向きだけを変化させて止まっていないことです。(結構、違います)
また、非弾性散乱では、中性子線から原子核に与えらたエネルギーがその後にγ線として放出されて消費してしまうため、散乱前後での運動エネルギーが保存されていません。
非弾性散乱は、高速中性子線のエネルギー範囲で起こりやすいのですが、散乱後の中性子線は、運動エネルギーを失うことになるので、中速~低速中性子線になります。