電子線防護に鉛が使えない理由とは?

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放射線防護イコール鉛さえ身に付ければいいと考えてしまっている方は多いのではないしょうか。

 

鉛は放射線防護の代表的な材質ですし、実際にX線の遮蔽に病院で使われているのをよく見るほどです。

 

ただ、電子線の場合、鉛では遮蔽どころか逆効果になるケースがあるので注意が必要です。

 

そこで、今回は電子線の相互作用を復習しつつ、「なぜ電子線の防護には鉛が使用できないのか?電子線の防護には何を使用すればよいのか?」についてまとめてみたいと思います。

少し長くなりそうな内容です。

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電子線と物質の相互作用の種類とは?

まず、そもそも電子線が物質とどのような相互作用をするのか簡単にまとめたいと思います。

 

そもそも、一般に電子線とは加速器によって人工的に生成された放射線のことを言いますが、放射性同位元素から発生するβ(ベータ)線も、元々は同じ電子であるため同じ運動エネルギーを持つ場合、起こす相互作用も同じになります。

 

また、これは光子の相互作用によって起こった電子でも同様です。

 

光電効果、コンプトン効果、電子対生成によって起こった電子のエネルギーが相互作用を起こすくらい高いものであれば、電子線、β線と区別することなく同様の相互作用を起こすことになるのです。

 

では、電子線と物質が引き起こす相互作用はどうやって起こり、どんな種類があるのでしょうか。

 

電子線と物質の相互作用は主に物質を構成する原子や分子、正確にはそれらを構成する原子核や軌道電子とによるものになります。

 

原子核や軌道電子は、それぞれプラスとマイナスの電気を帯びており、磁場のような力が働く領域を持っています。この磁場のような力は一般にクーロン力と呼ばれますが、電子線は、クーロン力によって作用され相互作用を起こすのです。

 

単純に考えるのであれば、マイナスの電気を帯びた電子線が原子核のクーロン力に影響されれば、原子核方向に急激に(原子核のクーロン力は強いため)進行方向を変え、軌道粒子線に影響されれば、反発するように少しだけ方向を変える、または、その方向があまり変わらず電子線と軌道電子が衝突するといったことが起こります。

 

ただ、電子線の相互作用は原子核より軌道電子のクーロン力によって起こることが多いとされています。

 

では、電子の相互作用はどういったものがあるのでしょうか。

 

さきほど、軽く触れてしまいまたが、電子線の相互作用は、大きく2つに分けることができます。

 

それは、『散乱』と『放射』です。

『散乱』➡ 電子線の進む方向が変わる

『放射』➡ 新たなX線を放射する(制動放射という)

 

たった2種類しかないので、意外とシンプルに考えることが可能かもしれません。

 

ただ、電子線の相互作用について理解するうえでは、ここで止まるわけにはいきません。

 

もう少し細かく説明していきたいと思います。

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弾性散乱と非弾性散乱とは?

先ずは、散乱に関する項目についてまとめたいと思います。

 

電子線が起こす相互作用の1つである散乱は、さらに2つに分けられます。

 

➀弾性散乱

➁非弾性散乱

 

では、それぞれについて説明したいと思います。

 

・弾性散乱とは?

弾性散乱とは、電子線が持つ運動エネルギーを変化させることなく、その進行方向だけを変えることをいいます。

 

マイナスの電気を帯びた電子線は、その粒子質量も極めて小さくプラスの電気を帯びた原子核からのクーロン力の影響を受けやすい関係にあります。

 

結果、電子線は一度だけでなく複数回にわたり弾性散乱を起こします。

 

弾性散乱は原子核のクーロン力によって起こるので、別名では「クーロン散乱」、「ラザフォード散乱」とも呼ばれています。

 

 

※ちなみに『弾性』とは、物体に力を加えているときに変形していたものが、その外力がなくなったときに元に戻ろうとする性質を指します。

 

今回の場合で考えてみると、クーロン力の影響を受けているときは進行方向を変化しますが、クーロン力の影響が亡くなった時には、元のように真っ直ぐに進行しようという性質を指しているとも考えられます。

 

・非弾性散乱とは?

非弾性散乱とは、物質内の軌道電子と衝突することで、照射された電子線の方向だけでなく、そのエネルギーまでを変化させる現象です。

 

これでは、少し抽象的すぎるので具体的に順を追って説明したいと思います。

 

非弾性散乱が起こる場合、物質に照射された電子線は物質中に含まれる原子の軌道電子と衝突することが始まります。

 

軌道電子からしてみれば、突然、背中を押されたようなものです。

 

人は何か行動するときに勇気がない時は、他人から背中を押してもらえれると行動できたり、満員電車で後から押されれば、無理やりでも移動しなくてはならない状況に陥ったりします。

 

これは、いわば行動を起こすためのエネルギーを他者から受けっている状況です。

 

同様に、軌道電子も電子線に衝突されると、行動を起こすよう背中を押されるように、エネルギーを貰うことができます。

 

結果、軌道電子はそのエネルギーを使って励起状態(興奮状態)になったり、電離(原子から飛び出す)といった行動を起こすことができるようになるのです。

 

この電子線と軌道電子が衝突し、電子線のエネルギーを軌道電子に分け与え、電子線がその分のエネルギーを減少させることを非弾性散乱といいます。

 

ただ、ここで注意が必要です。

 

小さな雪の塊が転がったことが雪崩の原因になるように小さな力でも大きな現象を起こすことは可能です。

 

それと同様に、軌道電子が励起や電離を起こすほどのエネルギーでも電子線にとっては、小さなエネルギーを渡した程度のことがあります。

 

つまり、軌道電子にエネルギーを渡しても元々の電子線の余力は十分だということです。

 

結果として、電子線は繰り返し軌道電子との非弾性散乱を起こすことにも繋がるのです。

 

 

・多重散乱について

ここまで、まとめてきた「弾性散乱」、「非弾性散乱」は共に、エネルギーを消費しないもしくは少しだけのエネルギー減少を伴う程度の相互作用です。

 

そのため、電子線は1回程度の散乱程度では、方向は変化させてもエネルギー自体の余力は十分であり、多数回繰り返すことも可能ということを表しています。

 

よって、電子線の散乱は多数回に渡って起こるのです。この多数回にわたって起こる電子線の散乱現象を「多重散乱」と言われています。

 

この、「多重散乱」は電子線の飛跡に大きな影響を与えます。

 

どういうことか。

 

「弾性散乱」、「非弾性散乱」は共にエネルギーの減り方は違いはあるものの、電子線の進む方向が変わるという現象という観点は違いはありません。

 

さらに、電子は物質中をクーロン力の影響をゼロで進むことはほぼないといえます。

 

つまり、物質中では電子線の「散乱」は起こるものなのです。

 

よって、電子線は物質中を散乱しながら進むため、まっすぐに進むということはなく、ジグザクと酔っ払いの千鳥足のように前に進むことになります。

 

 

これが、電子線の飛跡が直線的ではないと教わる理由です。

 

多重散乱は後方散乱なるものを起こす場合があります。

 

後方散乱は言葉の通り、電子線がUターンするように照射されてきた方向に向きを変え散乱を起こすことです。

 

この原因は、物質の表面付近で電子線の多重散乱が起こることにあります。

 

この後方散乱は、放射性同位元素からのβ(ベータ)線のように低エネルギーのものが多く、電子線の測定にも影響を与えるために注意が必要です。

制動放射とは?

さて、散乱の話を沢山してきましたが、ここまでの話では「なぜ、電子線防護に鉛が使用できないのか?」という答えを得ることができません。

 

その原因が「散乱」でないのであれば、電子線と物質の相互作用で残っているものは「制動放射」しかありません。

 

この制動放射が電子線防護では鉛を逆効果にさせてしまう原因なのです。

 

どういうことか、順を追ってまとめていきたいと思います。

 

制動放射とは、クーロン力によって電子線などの荷電粒子線の方向が大きく曲がることで、粒子線が持つ運動エネルギーを連続X線として放出する現象です。

 

 

制動放射によって起こるX線のエネルギー分布は連続的なので、単一の決まったエネルギーではなく、低いエネルギーから高いエネルギー成分まで連続的に含んだものになります。

 

さて、制動放射が起こる理由は電子線などの荷電粒子線がクーロン力によって大きく曲げられることで起こるといいましたが、では、どんな時にそんなことが起こるのか考えたいと思います。

 

これは、意外と単純です。

 

なぜなら、物質中で電子線にクーロン力をもって影響を与える存在は決まっているからです。

 

それは、物質を形成する原子の軌道電子または原子核です。

 

しかし、このままでは先ほどの「弾性散乱」の話と混乱しそうです。

 

では、それぞれどういった場合に電子線は「散乱」ではなく、「制動放射」を起こすのでしょうか。

 

それは、以下の2通りの場合です。

 

➀電子線など荷電粒子線のエネルギーが低い場合

荷電粒子線のエネルギーが高い場合というのは、人の制止をものともしないくらい(言い過ぎかもしれませんが)前に進む力が強いということです。

 

一方、軌道電子のクーロン力とはほぼ決まった力であり、その分の力しか荷電粒子線に作用する力を持っていません。力の上限が決まっているようなものなのです。

 

そのため、荷電粒子線の突破力であるエネルギーが高いほど、軌道電子による制止力でもあるクーロン力の影響を受けにくいことになります。

 

これは、逆を言えば、電子線のエネルギーが低いほど進行方向を大きく曲げてしまうほど作用してしまうことになります。

 

つまり、軌道電子のクーロン力の影響が電子線のエネルギーに比べ相対的に大きいほど制動放射を引き起こす要因である進行方向を大きく曲げるということを起こしやすくなるのです。

 

➁原子核のクーロン力が強い場合

先ほどは電子線のエネルギーが低い場合を考えましたが、制動放射を引き起こす主な原因は、この原子核のクーロン力が強い場合です。

 

どういうことか。

 

そもそも原子核は、陽子と中性子でできており、陽子の質ようは電子の1840倍の質量をもっています。

 

また、原子核には数個のプラスの電気を帯びた陽子を保有しており(水素の原子核以外)、それだけ原子核の発するクーロン力は軌道電子に比べ強大であるのです。

 

地球の核が発する磁場が地上の方位磁石にも影響を与えていることからも核の発する力が強いことは想像できるのではないでしょうか。

 

そして、原子核のクーロン力は原子番号が大きくなる(原子核に含まれる陽子の数が増える)ほど大きくなるのです。

 

よって、電子線の制動放射が起こる確率は、一般に物質の原子番号の二乗に比例する特徴が知られています。(追加として入射粒子線の質量の二乗に反比例する)

 

これが、電子線防護に鉛が使えない理由です。

 

原子番号が大きくなりやすいほど、制動放射が起こりやすいということは、原子番号が82である鉛(Pb)など高原子番号の物質に電子線のような粒子の小さい荷電粒子が入射すると制動放射が起こす確率が高くなってしまうのです。

 

つまり、電子線に対して鉛で防護しようとすると、その鉛と電子線が相互作用によって新たなX線を放出してしまい、被ばくから身を守るどころか、制動X線によって被ばくを増やす結果となり得ることになるのです。

 

では、電子線防護には何を使えばいいのでしょうか。

 

これは、簡単です。

 

電子線は光子(X線やγ線)に比べ、飛程(遠くまで届く距離)が短い特徴を持ちます。加えて、原子番号が高いと制動放射を起こしますが、逆を言えば原子番号が低いような安価な物質なら制動放射を起こしません。

 

よって、アルミニウム(Al)のようなどこでも手に入るようなもので防ぐことが可能な放射線なのです。

 

ただ、放射線防護 = 鉛という考えは逆効果となり得ると覚えておくと良いかもしれません。

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